情報通信技術 (ICT) により人々の生活が便利になる一方で,高齢化社会,地球環境問題,パンデミック等,社会的課題は依然として解決されていない. ICT 化によるデジタル格差や健康不安などの新たな課題も生まれている. このような背景の下に日本政府は,情報社会の次に目指すべき社会として超スマート社会 (Society 5.0) を提唱している. これは,AI,ビッグデータ,IoT 等を連携したスマートシステムによって,必要なものやサービスを,必要な人に,必要な時に,必要なだけ提供し,あらゆる人が活き活きと快適に暮らせる社会を目指すものである. 超スマート社会においては,社会の様々なニーズに対してシステムがきめ細やかに対応することが求められる. すなわち,システムがユーザ個人の好みやニーズに応じてサービスを提供する,サービスの個人適応が実現のカギとなる.
従来,システムの個人適応は,ユーザによる個人設定 (User Setting,Preferences) により実装されてきた. 典型的には,システムが用意する設定メニューや設定ファイルを通して,ユーザがシステムに望む振る舞いを手動で設定する. システムはユーザごとの個人設定を参照し,ニーズに応じたサービスを提供する.
しかしながら,超スマート社会はあらゆる人を対象としており,ICT に精通していないユーザも多く含まれることから,従来の個人設定方式には次のような課題が存在する. (課題 1) ユーザが自分のニーズを個人設定に反映させる方法が分からない (課題 2) ユーザが個人設定によって提供されるサービスの内容を把握していない (課題 3) ユーザが自分自身のニーズを把握していない
本研究の目的は,上記の課題 1-3 を解決し,一般的なユーザにとってより使いやすい個人適応の方法を考案することである.
この目的の実現のため,本稿ではインタラクティブに個人適応するスマートシステム (Smart System with Interactive Personalization, SSIP) を提案し,その概念の定義・性質づけを行う.
課題解決のキーアイデアは,システムがユーザとのインタラクティブな対話を通して,ユーザのニーズを個人設定に動的に反映する仕組みを実装することである.
具体的には,SSIP を以下の 3 つの要件を満たすスマートシステムと定義する: (要件 R1) ユーザごとに個人設定を定義でき,システムはその設定に応じたサービスを提供すること (要件 R2) システムは,運用中継続的に,ユーザと以下の 2 種類の対話をすること: (対話 C1)要求抽出のための対話,(対話 C2)未使用の機能を紹介する対話. (要件 R3) システムは,運用中継続的に,対話の内容に基づいて個人設定を更新し,サービスに反映すること
要件 R1 は,システムが個人適応するための基本的な要件である.要件 R2は,システムがユーザのニーズを運用中継続的に収集するとともに,ユーザが知らない機能を紹介することを求める. 要件 R3 は,対話によって引き出されたニーズに基づいて,システムが自律的に個人設定を行うことを求める. これらの要件を満たす SSIP は,ユーザとシステムが個人設定を共創するシステムと見なせる. 継続的な対話を通して個人設定が随時更新されていき,最終的にはそのユーザの真のニーズにマッチしたサービスへと収束することが期待できる.
また,SSIP が備えるべきシステムの品質モデルを構築するために,ソフトウェアの品質要求と実装評価の国際規格 SQuaRE [2] を活用する. SSIPにおける個人設定の共創はシステムの利用時に行われることから,SQuaREの「利用時の品質」に焦点を当て,特に満足性,柔軟性,リスク回避性の品質特性に着目して SSIP を性質づける.
ケーススタディとして,我々の研究グループで開発・運用中の「こころ」の見守りサービス [3] を,SSIP として改修する事例に取り組む. 「こころ」の見守りサービスは,スマートフォンアプリ LINE のチャットボットを利用して,センサでは観測できない高齢者の内的状態を見守るサービスである. ケーススタディでは,全ユーザに対し共通であった LINE スタンプによる回答を,ユーザの好みに応じて他のコンテンツに切り替えられるようにする. これにより,ユーザの回答入力のモチベーション向上を狙う. 改修においては,従来の実装を再利用しつつ,要件 R1-R3 を満たすように設計変更や追加実装を行う.